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「天皇の祖先」はどこから来た? ルーツは「朝鮮半島」!? 日本と韓国の「神話の共通点」とは【古代史ミステリー】

日本史あやしい話66

 

■日本人はどこからやってきたのか

 

 ともあれ、日本人のルーツを遡ってみよう。「日本人がどこからやってきたのか」である。石器時代から縄文時代にかけて、北はシベリアから、南は東南アジア以南から渡来してきた古モンゴロイドが日本列島全土に広がったというのは、おおよそ流布され尽くしたお話だろう。

 

 その後、中国南部から新モンゴロイドが直接、あるいは朝鮮半島を経て渡来。先住の縄文人たちと協調あるいは反発を繰り返しながらも、着々と稲作文化を広めたというあたりも、おそらくは間違いのないところだろう。いわゆる「弥生時代」の始まりである。

 

 問題はその後。弥生時代中〜後期になると、新たな流入者が現れたことに注目したいのだ。それが朝鮮半島に居住していた北方系民族で、天孫族の中核をなすものだったと筆者は睨んでいる。

 

 先住の中国南部から流入してきた人々(海人族)が後に打ち立てたのが、邪馬台国の卑弥呼を盟主とする倭国連合で、主として九州の中〜北部を支配。

 

 その結束が強かったため、新興勢力である朝鮮半島からの渡来人たちは立ち入る隙(新たな開拓地)もなかった。彼らにはじき出されるかのように、九州南部に定住していく。先住民(ヤマツミに代表される縄文人やワタツミに代表される海人族か)と婚姻関係を結びながら、南九州一帯に勢力を拡大した。

 

 それでも、あいも変わらず九州北部への進出はままならなかった。そこで一計を案じ、稲作に適した新天地を求めて東方へと進出して打ち立てたのが、後のヤマト王権だったと考えるのだ。

 

 となれば、ヤマト王権の前身は、邪馬台国と敵対関係にあった狗奴国(くなこく)だったとみなすことができるかもしれない(ただし、狗奴国との対戦に嫌気がさした邪馬台国連合の一部勢力が東征した可能性も捨てきれない)。

 

■「包まれて降臨」日本神話と類似している韓国の神話

 

金官伽耶の始祖とされる首露王の陵墓(韓国金海市)/撮影・藤井勝彦

 

 前述したように、「ニニギノミコトがどこから降臨したのか」という命題は、実に重要である。それが朝鮮半島ゆかりの民族だった可能性が高いからだ。

 

 思い起こしていただきたいのが、朝鮮半島南部の国・金官加耶(きんかんかや)に伝わる建国神話である。建国主は、いうまでもなく首露王(しゅろおう)。舞台は、現在の金海市にそびえる亀旨峯(クジボン)という名の小さな山だ。

 

 言い伝えによれば、大勢の人々の見守る中、紫の紐に括り付けられた赤い布で包まれた金の小箱が天から地上へと垂れ下がってきたとか。小箱の中には、黄金の卵が6個。そのうちの一個が孵化して成長したのが、加耶国の祖始・首露だったという。

 

 日本にはこの卵生神話は伝わらなかったが、布で包まれた小箱、つまり「建国の祖が降臨した」というあたりは、ニニギノミコトの降臨話と実によく似ている。「天孫族が朝鮮半島からやってきた」というのが史実だとすれば、両者の建国神話が似通っているというのも納得できそうだ。

 

 

 

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過去記事

藤井勝彦ふじい かつひこ

1955年大阪生まれ。歴史紀行作家・写真家。『日本神話の迷宮』『日本神話の謎を歩く』(天夢人)、『邪馬台国』『三国志合戰事典』『図解三国志』『図解ダーティヒロイン』(新紀元社)、『神々が宿る絶景100』(宝島社)、『写真で見る三国志』『世界遺産 富士山を行く!』『世界の国ぐに ビジュアル事典』(メイツ出版)、『中国の世界遺産』(JTBパブリッシング)など、日本および中国の古代史関連等の書籍を多数出版している。

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